大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)1202号 判決

上告人

松本源平

右訴訟代理人

中西一宏

堀井茂

被上告人

株式会社

徳島相互銀行

右代表者

中田潔

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中西一宏、同堀井茂の上告理由第一点について

原審が適法に確定した事実関係によれば、(一) 上告人は、昭和二五年二月当時その所有する本件土地上に本件建物を所有していたが、同月一〇日本件土地のみにつき株式会社阿波商業銀行のために根抵当権を設定し、その旨の登記を経由した、(二) その後右阿波商業銀行によつて根抵当権の実行がされ、昭和二六年七月一八日株式会社徳島県教科書供給所(以下「訴外会社」という。)が本件土地を競落してその所有権を取得し、同年八月二日所有権移転登記を経由した、(三) 被上告人は、昭和四〇年八月六日訴外会社から売買によつて本件土地の所有権を取得し、同月一一日所有権移転登記を経由した、(四) 本件建物は右根抵当権設定当時未登記であつたが、昭和二五年八月九日上告人の養母松本マサノが上告人に無断で本件建物に自己名義の所有権保存登記を経由した、(五) ところが右松本マサノが昭和二六年九月一二日死亡したので、上告人は、本件建物につき右松本マサノ名義の登記を前提として昭和四八年八月二二日右松本マサノから昭和二六年九月一二日相続した旨の所有権移転登記を経由した、というのである。

そして、右事実関係のもとにおいては、訴外会社において本件土地の所有権を競落により取得するとともに本件土地について上告人のため法定地上権が成立するに至つたことが明らかである。しかしながら、昭和四一年法律第九三号による改正前の建物保護に関する法律(以下「建物保護法」という。)一条により地上権者がその地上権を第三者に対抗しうるためには、その地上権者がその土地上に自己名義で所有権保存登記等を経由した建物を所有していることが必要であつて、その地上権者が他人名義で所有権移転登記等を経由した建物を所有するにすぎない場合には、その地上権を第三者に対抗することができないものであると解すべきことは、当裁判所の判例(昭和三七年(オ)第一八号同四一年四月二七日大法廷判決・民集二〇巻四号八七〇頁)の趣旨に徴して明らかであるところ、上告人は、被上告人が競落人である訴外会社から本件土地の所有権を取得してその所有権移転登記を経由する前に本件建物について自己名義の所有権保存登記等を経由していなかつたというのであるから、右地上権をもつて被上告人に対抗することができないものといわなければならない。所論引用の昭和一五年七月一一日大審院判例は、相続人が地上建物について相続登記をしなくても、建物保護法一条の立法の精神から対抗力を与えられる旨判示するが、右は、自己の借地上に有効な自己名義の建物所有権取得登記を有する者が死亡し、相続によつて右借地権と建物所有権とを承継した者がいまだ相続による建物の所有権取得登記を経由していなかつた事案に関するものであつて、本件とは全く事案を異にするものであるから、両者の場合を同一に論じ、本件土地の借地権者でもなく、また、建物の所有者でもない亡松本マサノ名義の無効な所有権保存登記の存在をもつて、同人の共同相続人の一人である上告人の固有の右建物所有権を公示するに足りるものとし、ひいて上告人の有する地上権につき建物保護法による対抗力を肯定することは、とうてい許されないというべきである。なお、上告人は昭和四八年八月二二日に至つて松本マサノから本件建物を相続した旨の所有権移転登記を経由しているが、右事実をもつて前記判断を覆しうるものではない。

それゆえ、上告人は、被上告人に対し、右法定地上権をもつて対抗しえないとする原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

本件における被上告人の請求は、本件土地を競落してその所有権を取得した訴外会社から売買により本件土地の所有権を取得した被上告人がその所有権に基づいて右土地を占有する上告人に対しその明渡を求めるものであるところ、上告人において右土地の占有正権原として法定地上権を主張するためには、上告人のため本件土地に法定地上権が成立したこととあわせて右地上権をもつて被上告人に対抗しうることを主張立証すべき必要があるものと解するのが相当であるから、これと結論を同じくする原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、判決に影響を及ぼさない原判決の説示部分を論難するか、又は独自の見解に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

同第三点及び第四点について

記録にあらわれた本件訴訟の経過及び本件事案の内容に鑑みれば、原審が上告人に対し本件土地についての占有正権原を主張するには法定地上権の成立とそれについて対抗要件を具備していることを主張立証する必要がある旨をその法的根拠を具体的に示して指摘し、その主張立証の機会を与えなかつたとしても、そのことのゆえをもつて判決の結論に影響を及ぼすような釈明義務違背、審理不尽等所論の違法があるとは認められない。論旨は、採用することができない。

同第五点について

本件記録によれば、上告人が取得した法定地上権の対抗力との関連において、被上告人が本件土地の所有権を取得する前に上告人から松本マサノ又はその共同相続人に本件建物の所有権が移転しその後上告人が松本マサノから相続により本件土地の所有権を取得したという所論のごとき事実は原審において被上告人から主張された形跡が窺われないから、論旨は、ひつきよう、原審において主張認定を経ない事実に基づいて原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(和田誠一 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人中西一宏、同堀井茂の上告理由

第一点 原判決には、建物保護ニ関スル法律(以下建物保護法という)第一条の解釈適用を誤つた違法がある。

一、建物保護法第一条は、建物の所有を目的とする地上権により、地上権者がその土地の上に登記した建物を所有するときは、地上権につき登記がなくても、これを以つて第三者に対抗できる旨規定している。

なお、同法条については大判昭一五、七、一一新聞四六〇四・九の判例があり、この判例は同法条の解釈につき左のとおり判示している。

「按スルニ明治四十二年法律第四十号建物保護ニ関スル法律第一条ニ於テ建物ノ所有ヲ目的トスル土地ノ賃借権ニ因リ賃借人カ其ノ土地ノ上ニ登記シタル建物ヲ所有スルトキハ土地賃貸借ニ付登記ナキモ之ヲ以テ第三者ニ対抗シ得ヘキ旨ヲ規定シ賃借人カ地上ニ登記シタル建物ヲ所有スルコトヲ以テ土地賃借権ノ登記ニ代ハル対抗事由タラシメシ所以ノモノハ爾後当該土地ノ取引ヲ為ス者ニ於テ地上建物ノ登記名義ニ依リ其ノ名義者カ地上ニ建物ヲ所有シ得ヘキ土地賃借権其ノ他ノ権原ヲ有スルコトヲ推知シ得ヘキカ故ニ其ノ権原ニ相応スル登記ナクシテ該権原ヲ主張セシムルモ之カ為メ取引者ニ不測ノ損害ヲ被ラシムル虞ナキモノト做シタルニ由ルモノニ外ナラス而シテ建物所有ノ登記名義者カ死亡シ其ノ相続アリタル場合ノ如キハ其ノ所有名義者ノ有シタル権原ハ相続人ニ移転スヘキヲ以テ所有名義者ノ為ニ存セシ権原ハ相続人ニ於テモ亦当然之ヲ有スルモノト推知セラルルコト所有名義者ノ登記ヨリシテ容易ニ領シ得ヘキカ故ニ仮令地上建物所有ノ登記名義カ相続人名義ニ変更セラレストモ相続人ヲシテ前示ノ権原ヲ土地ノ第三取得者ニ対抗スルコトヲ得セシメテ不可ナク寧ロ対抗シ得ルモノト解スルコトカ前記法条ノ律意ニ副フモノト云フヘシ」

二、原判決の確定した事実は左のとおりである。

1 上告人は別紙第一物件目録記載の土地(以下本件土地という)および別紙第二物件目録記載の建物(以下本件建物という)を所有していたところ、昭和二五年二月一〇日本件土地につき根抵当権が設定され、昭和二六年七月一八日訴外株式会社徳島教科書供給所が本件土地を競落取得し、同年八月二日所有権移転登記を経由し、結果上告人は本件土地につき本件建物所有を目的とする法定地上権を取得した。

2 本件建物について、上告人所有名義の保存登記はなされていなかつたところ、本件土地の競売前に上告人に無断で上告人の養母訴外松本マサノ名義の所有権保存登記がなされたが、訴外松本マサノは競落直後である昭和二六年九月一二日死亡し、上告人らが同訴外人の相続人となつた。

3 被上告人は、昭和四〇年八月六日本件土地の所有権を前記訴外会社から取得し、所有権移転登記を経由した。

4 上告人は、昭和四八年八月二二日、本件建物について訴外松本マサノから昭和二六年九月一二日相続した旨の所有権移転登記手続を経由した。

三、ところで前掲大審院判例の意図は、「所有名義ノ為ニ存セシ権原ハ相続人ニ於テモ亦当然之ヲ有スルモノト推知セラルルコト所有名義者ノ登記ヨリシテ容易ニ領シ得ヘキカ故ニ」という点にある。

さすれば、被上告人が本件土地を取得した昭和四〇年八月六日においては、同土地上には上告人の被相続人訴外松本マサノ名義で登記した建物が存し、訴外松本マサノは死亡し既に相続が開始していたのであり、上告人はこの建物を所有し、且つ本件土地の地上権者であつたものであるから、被上告人においては地上建物の登記名義により容易に地上権者が訴外松本マサノの相続人である上告人であつたことを推知し得たものであつて、上告人においてその権原に相応する登記がなかつたからといつて、取引者である被上告人に不測の損害を被らしむる虞れはなかつたといえる。すなわち、本件の事例は前記大審院判例の延長上にあるもので「地上建物所有ノ登記名義カ相続人名義ニ変更セラレストモ相続人ヲシテ権原ヲ土地ノ第三取得者ニ対抗スルコトヲ得セシメテ不可ナク」といえる場合の範囲に入るものである。

たしかに、本件の事案においては、元来上告人は個有の権原として地上権を有していたのであつて、地上建物の登記名義人である被相続人からこの地上権が移転してきたものでない点は、前記判例と相違するが、第三者とすれば重要なのは土地取得の際に、地上建物の所有名義により地上権者が誰であるかを推知し得たか否かであつて、その当時の地上権者が如何なる事情によりこの権原を取得したかという事情まで推知しうることが必要なわけではないことを考えれば、この相違は本件が右大審院判例に適合すると解するに妨げとなるものではない。

又被上告人は本件土地競落時において土地の登記名義人は上告人であつて地上建物の登記名義人は訴外松本マサノであつたから、法定地上権の成立を推知できなかつた旨主張するかも知れないが、この点は法定地上権の成否の問題として、民法第三八八条の立法論解釈論として議論されるべきで、建物保護法第一条の問題でないことは論をまたないし、仮に被上告人が前記のように考えたとしても、その場合は地上建物所有者は地上権ないし借地権を有しているはずであり、その権原を相続人が相続するであろうことは容易に推知でき、結果として上告人が地上権者であると理解できたはずである。

四、ところで原判決は、建物保護法第一条解釈の問題として左のとおり判示し、この点を唯一の理由として上告人の敗訴という結論を導いている。

「建物の所有を目的とする地上権を第三者に対抗するためには、その登記に限らず、建物保護に関する法律一条により、地上権者が当該土地上の建物につき登記を経由していればよいところ、成立に争いのない乙第六号証並びに弁論の全趣旨によれば、本件建物には、本件土地の競売前に、不実のものとはいえ、被控訴人の養母マサノ名義の所有権保存登記があつたことが認められるけれども、地上権者が同条により地上権を第三者に対抗しうるためには、地上権者が当該土地上に自己名義で登記をした建物を所有していることが必要であつて、自己の養母名義で登記をした建物を所有していても、その地上権を第三者に対抗しえないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三七年(オ)第一八号同四一年四月二七日大法廷判決・民集二〇巻四号八七〇頁、同四四年(オ)第八八一号同四七年六月二二日第一小法廷判決・民集二六巻五号一〇五一頁、同五〇年(オ)第二六八号同年一一月二八日第三小法廷判決・判例時報八〇三号六三頁参照)。なお、右乙第六号証によれば、被控訴人は、本件建物につき、右マサノ名義の登記を前提として、昭和四八年八月二二日、同人から同二六年九月一二日相続した旨の所有権移転登記を経由していることが認められるが、それは前記の通り控訴人が訴外会社から本件土地を買い受けその旨の登記を経由した後のことであることが明らかである。従つて、被控訴人は、その主張する法定地上権を控訴人に対抗するに由ないものといわざるをえない。」

前記した建物保護法第一条の解釈を前提すればこの結論が誤つたものであることは明白であるが、なお念のために原判決の掲記する三個の最高裁判例と本件の事案を照合するに、これらの各判例は以下に述べるようにまつたく事案を異にしており、本件の事案に適合するべきものではない。

すなわち右判例は賃借人がそれぞれ地上建物の登記につき存命する実在の別人を登記名義人としている例であり、この点本件の事案と決定的に異なる。右判例中最も詳細な論理を展開している昭和四一年四月二七日の最判は、

1 賃借権者は自らの意思により他人名義の登記をなしたもので、この場合は地上建物の所有権さえ第三者に対抗しえないものであるが、建物保護法第一条の法意は、自己の建物の所有権を対抗しうる登記を前提としてこれを以つて賃借権の登記に代えんとするにある。

2 別人名義の登記簿の記載によつては、第三者は真実の建物所有者を推知し得ない。

3 登記が対抗力をもつには、その登記が少なくとも現在の実質上の権利状態と符合するものでなければならない。

4 そもそも別人名義の登記は初めから無効である。

との四点を理由に挙げている。

これらの問題点はいずれも実在の別人名義の登記であることから派生するものだから、すでに死亡した被相続人が登記名義人になつている本件においては、これらの問題は生じてこない。

右の論理が本件において如何程意味を有し得るかを検討する。まず、訴外松本マサノが死亡して相続が開始した後少なくとも形式上は(実体について全くこの点の審理はなされていない)上告人は地上建物が同人の遺産であることを認め後に相続手続により同建物の単独所有権を取得してその登記をなしたものであるから松本マサノの遺産として相続人の所有に属するものであるという意味で、地上建物の登記は現在の実質上の権利状態と符合する有効なものとして、第三者にも対抗しえるものであるし、また地上建物の登記名義人から第三者が真実の建物所有者を推知することも容易である。ただ本件の場合、はじめになされた地上建物の登記が無効のものであつたことは原判決の確定しているとおり認めざずを得ないが、この登記は上告人の意思によつてなされたものではなく被相続人の意思によつてなされたものであること、相続が抱括的な地位の承継であることを考えればこの上告人のような立場におかれた者が虚偽登記の抹消登記手続と新たな保存登記をなさなければならないものと解すべきものではなく、地上建物が遺産に含まれることを承認したうえ相続登記の手続により自己の名義を回復した場合は、理論上被相続人名義の登記は追認により有効になつたと解することができるし、実務上も多くの場合第三者の保護に厚いと思われ、相続人も自己を含む全相続人を相手に煩瑣な訴訟手続するという困難を回避できるのであるから現在においても一概に無効の登記と解して排斥すべきものではないことを考えるべきである。

(この追認の有無、時期についてまつたく審理されてない点について後述する。)

被相続人のなした虚偽登記を理由に上告人の対抗力を否定するなら、むしろ自己の容認すべき他者の権利をその困窮に乗じて拒否しようとする火事場泥棒的な主張に加担する結果となるであろう。

五、以上、上告人が被上告人に対し、本件法定地上権につき対抗力を有しないと解した原判決は建物保護法第一条の解釈適用を誤つた法令違背があるといえる。

第二点 〈以下、省略〉

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